ヨアン・ミクー

ヨアン・ミクー

Johan Micoud

フランス人サッカープレーヤー、フランス人にしては珍しいお名前はヨハン・クライフから取った名前だそうで。

1992年にカンヌにてキャリアを始めると、1996年にジロンダン・ボルドーに移籍と、何故かジネディーヌ・ジダンの抜けた先に移籍するキャリア。しかし、ジダンが成し得なかったディヴィジョン・アン優勝を98-99シーズンに果たしている

2000年にイタリアはパルマに移籍すると、1シーズン目には29試合に出場、チームを4位に導く活躍を果たす。しかし01-02シーズンは中田英寿が加入したおかげでポジションが被って出場機会が減り、パルマの低迷、給料支払いの悪さも手伝って移籍を決断。

2002年、ドイツのヴェルダー・ブレーメンに移籍。加入2シーズン目に32試合出場10得点10アシストでマイスターシャーレに貢献。翌シーズンはチャンピオンズリーグにおいて大激戦区でスペイン王者バレンシアを差し置いての決勝トーナメント進出。

05-06シーズンもチームの主力として活躍したが、本人がフランスを帰国したいという意志を表明、契約を残してジロンダン・ボルドーに再び移籍した。

フランス代表としては2000年欧州選手権に出場、2002年のW杯ではジダンの代役として第2戦、ウルグアイに出場、素晴らしいシュートを放ったが、GKファビアン・カリーニの好セーブにあってチームを救うことが出来なかった。2004年欧州選手権でも追加招集される話があったが、代役招集はイヤと拒否。この因縁があってか2006年の代表の話はまるでなかった。